20110515



こんばんは。
唐突ですが、本日5月15日、純粋個人雑誌『趣味と実益』を創刊しました!
いわゆるミニコミ(個人誌)でして、テーマはずばり「自分中心主義」。
……というと悪い意味でのエゴイズム助長かと思われるかもしれませんがそうではなく、高度情報化社会に飲み込まれないための生き方のひとつで、他人の意見や思惑に振り回されないよう、自分の体験したこと、感じたことに集中する主義であります。
とくに震災が起ってからは、痛ましいニュースや放射能への不安が間断なく届き、情報を消化しきれない方も多いことと思います。
そういうときは、遮断するのもひとつの知恵です。
自分の心の声に耳を傾けて、自分をもっと大事にすれば、混乱も自ずと解けてくるもの。
短い人生、他人の意見や自己顕示欲に振り回されて終わりたくないではありませんか。
知る権利と同時に、知りたくない権利も守ろう!
やりたいことをどんどんやろう!
そういうテーマであります。
(実は企画は2月末に思いついて3月から着手していたので、震災前からのテーマなんですけどね)

内容は、平安時代から現代まで落書(らくしょ)の歴史を総まくりする「落書」、明治の奇人に自分中心主義を学ぶ「明治奇人生活誌」、兎吉(ぬいぐるみ)のお見合い相手募集の「つりがき」、電話にまつわる奇妙な話を集めた「電話奇譚」、初めての場所を探検する「剽碌お目見得探検」、言葉で現代を探る「当世流行語辭林」、その他「不真面目広告」「自分中心俚諺集」漫画「すかたん商會」などなど。
A4、20ページ、モノクロコピー、500円です。
この値段は、雑誌の値段というだけでなく、自分中心主義への賛同であり、わたしへの後援の意味もあります。
簡単にいえば生活費です。
なので、割引もありませんし、貸借り厳禁であります!
ちなみに、明治時代、辻々でバイオリン片手に風刺歌を歌っていた演歌師はザラ紙に印刷した歌詞を売って生活していましたが、通りがかりの人が投げ銭をすると「乞食ではない。歌詞を売っているのだから歌詞を買え」と怒ったといいます。
わたしも演歌師の気持ちで売り歩こうと思っています。

ちなみに、15日創刊といいましてもまだ販売ルートが未定であります。
(14日に2525稼業のライブでプレ販売をしましたが)
たぶん、ネットショップやミニコミを置いて下さるお店にお願いしたり、ライブやイベントで売る予定ですが、詳細が決まり次第こちらに告知します。
いち早く入手したいという奇特な方は、profileにあるアドレスにメールいただければと思います。
今後は3ヵ月に1冊くらい出して行こうと思っております。
純粋個人雑誌『趣味と実益』、どうぞ、ごひいきに。

20110331



"ALWAYS LOOK ON THE BRIGHT SIDE OF LIFE"

Some things in life are bad,
Like really make you sad,
Other things just make you swear and curse.

When you're chewing on life's gristle
Don't grumble, give a whistle.
And this'll help things turn out for the best.
And....

Always look on the bright side of life. (whistle)
Always look on the right side of life. (whistle)

If life seems jolly rotten,
There's something you've forgotten,
And that's to laugh and smile and dance and sing.
If you're feeling in the dumps,
Don't be silly chumps.
Just purse your lips and whistle, that's the thing.
And...

Always look on the bright side of life. (whistle)
Always look on the right side of life. (whistle)

For life is quite absurd,
And death's the final word,
You must always face the curtain with a bow.
Forget about your sin,
Give the audience a grin,
Enjoy it - it's your last chance anyhow.

So always look on the bright side of death. (whistle)
Just before you draw your terminal breath. (whistle)

Life's a piece of shit,
When you look at it,
Life's a laugh and death's a joke, it's true.
You'll see it's all a show,
Keep 'em laughing as you go.
Just remember that the last laugh is on you.

And always look on the bright side of life.
Always look on the right side of life....


「いつも人生の明るいほうを見つめていこうよ」

人生には悪いこともある
君が本当に悲しくなっちゃうようなこと
悪態をつかせてしまうこともある

人生の軟骨を噛んでいるようにうまくいかないときには
文句をいわないで、口笛を吹くのさ
そうすれば、人生が良い方に変わるかもしれないよ
だから

いつも人生の明るいほうを見つめていこうよ(口笛)
いつも人生の明るいほうを見つめていこうよ(口笛)

人生がとても悪く見えても
何か忘れちゃってても
笑って、笑顔で、ダンスして歌う
君が落ち込んでるなんて
そんなの馬鹿げている
唇をすぼめて口笛吹こう。そうだよ
だから

いつも人生の明るいほうを見つめていこうよ(口笛)
いつも人生の明るいほうを見つめていこうよ(口笛)

人生なんて不条理なもんだよ
死は最後のお約束なんだから
幕が閉まるその時に、お辞儀をしなきゃ
罪なんて忘れて
ニカッと笑ってね
楽しめよ、どうせこれが最後のチャンスなんだから

だから 死にだって明るいほうを見るのさ
最後の息をする前まで
人生なんて糞みたいなもんさ
それを見た時にはね
人生は笑い、死はジョーク それが真実さ
ショーのようなものさ

笑わせ続けていこう
覚えておいて 最後の笑いはきみのもの

いつも人生の明るいほうを見つめていこうよ(口笛)
いつも人生の明るいほうを見つめていこうよ(口笛)…

20110227


ここ4、5日、夕方から朝方まで(途中、用事を挟みつつ)コーヒーとお菓子とを和室に持ち込んで、全長1.5m大の虎のぬいぐるみパンピネオにもたれながら、武林無想庵の『無想庵物語—巴里の腹へ』『イヴォンヌ—無想庵物語』『無想庵物語ー放浪通信』(すべて記録文化社)を耽読していた。
3冊合わせて背幅約15cmのボリュームだが、文字が大きいのと無想庵という人への興味でやめられない、止まらない。
ほかにも課題図書はあるというのに、暇さえあればとっついてしまう、一種の中毒症状に陥ってしまった。
それまでの無想庵に関するイメージといえば、拙著『20世紀 破天荒セレブ』でとりあげた宮田文子の元夫で、妻にふりまわされるマゾっぽいインテリ、浮気されても何も言えず、どころか『「Cocu」のなげき』なんぞという自虐的な小説を書いたちょっとじめじめした性質の大男、というものだった。
いや、これさえも無理に文章化したまでで、厳密にいえば「よくわからない人」だった。
ともかく、フランス語、英語、ドイツ語、ラテン語を操ることができ、古今東西の宗教や哲学や文学に詳しく、摩訶止観すらも読み下す博覧強記でありながら、大きな文学的業績はない。
つまり、なんというか野心や虚栄心がない。
恋愛に関しては、異父妹、異父妹の友人数名、人妻と関係するなど、社会的モラルを一顧だにしない鬼畜ぶり。
文子との関係も、彼女が一方的に利用したのかと思いきや「わたしはいつも人生に対して何等の目的を持たぬ。食物と性欲を充たしてくれ得る境涯に置かれてさえあれば、常に満足しているような、全く動物的な人間なのだ」と開き直り、「文子にとっては、わたしは今明かに便利な乗りものなのだ。なる程牛に相違ない。そうしてそのうち乗りかえられるべき馬をば、文子が発見するまで、わたしは文子に鞭うたれつゝ、メソメソと歩いていればいゝのである」(ともに「放浪第三信」)と被害者を決め込む。
どうやら結婚当初から暴力もふるっていたらしい。

言動を列記していくと徹底的にいいとこなしの男なのだが、そんな男の書いた『巴里の腹へ』『イヴォンヌ』『放浪通信』の、どこに魅力があるのかといえば……。
これらはおもに、戦前の上海、北京、シベリア、アントワープ、ベルリン、ジュネーヴ、ローマ、ミラノ、フィレンツェ、ヴェネツィア、パリ、ニース、京都(比叡山)、鎌倉、静岡、名古屋、東京をめぐる放浪記なのだが、恐ろしく知識のある無想庵の目に入る街は単なる街ではなく、山は単なる山ではない。
小説や歌や絵画や哲学や科学や宗教が数百年、数千年降り積もった、人類の営為の結晶なのだ。
何を見ても、誰かの小説や演劇や歌を思い出し、作者の家や墓に出かけ、作品のなかの空想の街と目の前に広がる現実の街を重ね合わせて感慨にふける。
ある種の奇形的行動なのだが、読者は博覧強記なガイドと一緒に世界中を巡っているような楽しさがある。
パジャマで寝っころがりながら世界中を旅できるなんて、それこそ読書の本懐ではありませんか。
こんな素晴らしいレポートを、作品を、貧しいホテルを点々としながら妻子を養うために(途中から妻子は他の男性に寄生するけれど)必死に絞り出しては日本に書き送っていた無想庵に、大きな文学的業績はないなんてよくいうよ!(と先ほど書いたのはわたしだけど、世間的評価もそのようなものです)と思うけれど、一中、一高、東大文科卒のエリートで、明治大正昭和を股にかけて82歳まで生き、盲目になって3番目の妻に口述筆記をしてもらいながら私家版「むさうあん物語」21冊(後45冊で完結)を出すほど晩年の晩年まで執筆していたにも関わらず、葬式は石神井神社の裏で40人ほどで執り行われた(図らずも同日に葬式をした室生犀星は芸術院会員として青山葬儀場で盛大な式をあげた)一事を見ても、彼に対する評価が知れようというもの。
まったく不公平極まりないと義憤にかられるけれど、その理由についてはなんとなく思い当たるし、彼自身よくわかっているように見える。

ひとつには、主義に属さなかったことだ。大正から戦中までのインテリ層はとかく何らかの主義を示さずにおかなかったところがある。プロ、ボル、アナ、ダダ、虚無、警官までが職務質問でいきなり「お前は何主義だ」と聞く時代である。しかし、元来インテリとは巨視的で、何に対しても懐疑的であるのが本当ではなかろうか。無想庵はそれであったし「ピルロニストのやうに」という作品もある(ピルロニストとは古代ギリシアの懐疑主義哲学者「ピュロン」の「徒」の意。ちなみに晩年突然共産党に入ってみんなを訝らせたが、戦後の言論の自由を謳歌したかったためのように見える)。
二つ目は、やっぱり野心がなかったことだろう。お金の無心や職の斡旋は頼んだが、それはあくまで食べるためのことであって野心ではない。野心がないということは、弱味がないということだ。弱味がなく、美丈夫で、博学で、モテモテな無想庵はさぞ生意気に見えたと想像する。
三つ目は、金もないのに出版社に前借りを繰り返しながら人がうらやむようなヨーロッパ放浪生活を続けたエゴイスティックな性格だ。しかし、性格だからこればかりは仕方ない。そして、極端に世知に疎く他愛もなく失敗するので、人をしてサディスティックな気持ちにさせる部分もある。

ともあれ、金を作りに何度も帰国し、仕舞いには中央公論社に「あなたやあなたの奥さんにはもう何度も前借りされましたし、あなたにどんな新しいプランがあろうとも興味はありません」(大意)と言われるまでに堕ち、それでも文子からは「早くお金を作ってパリに戻れ」といわれ、最愛の娘には腰抜け呼ばわりされながらなんとか日本に連れ帰ったものの背かれ、自殺未遂や女給仕事をされる始末。
屈辱的な生活に明け暮れるうちに盲目になり、その後もいくつかの翻訳が全集に入ったりしたものの、文学界からはほぼ黙殺状態。
けれども、仏教に親しんでいた無想庵にとって、すべては「諸法因縁生」。
誰を恨むでもなく愚痴るでもないのである。

「ピルロニストのやうに」にこんなくだりがある。

 この世智辛い世の中に、何事もたゞ金ばかりで解決が出来さうに見えてゐる世の中に、私は悠々閑々として棲息してゐる。即ち金になりさうな事には全く頭も手も使はずに生きてゐる。自分ながら随分愚かな人間だと思ふ。随分無能を極めた人間だと思ふ。でも仕方がないと思つてゐる。かういふ風な傾向を持つて生まれて来たのだから止むを得ないと思つてゐる。奮発といふ事をしなければ、努力といふ事をしなければ、人生は果して過してゆけないところだらうか? それが為に若(も)し人間が必ず自滅する筈に出来てゐる人生なら、私は晏如(あんじよ)として自滅するより仕方がない。昔は従容として死に就く事を士(さむらひ)の本分だと心得てゐた。犬死でも何でもかまはない。金をとる努力をしなかつた為に、私は従容として死に就かう。さう覚悟して私は生きてゐる。

 私のやうな人間が多くなれば、その社会は必ず堕落する。その国家は必ず滅亡する。私は社会主義者の敵である。私は国家主義者の黴菌である。けれども生物学上の見地からすると、一主義者の敵も、一国家の黴菌も、それ自身としては、必ず溌剌たる一箇の生物である事を忘れてはならない。


また「生きようとする力」にこう書いている。

「芸術」というものが存在する、この世の中ではない、ある特殊の空想世界が、ほとんど全く消滅して了った小生の頭には、ピカソでござれ、マチスでござれ、その他、さまざまな新しい表現派やダダイストの人々でござれ、その人達のどうかして本当に生きよう生きようと悪戦苦斗している努力を除いては、全く何等の感銘もありませんでした。そうして人間の、いや生物の、そうした本当に生きよう生きようと悪戦苦斗する努力は、何も芸術いじりをしつけて来た習慣を有する人達に限ってことさらに賦与されてあるわけでも何でもなかったのです。すべてが悉く一木一草だったのです。一塵一埃だったのです。アッという一刹那の、生そのもの、飽までも生きようとする力だったのです。その力の価値だったのです。


社会の役に立つだとか、芸術を進化もしくは深化させるとか(いわんや受賞などで他人に承認されるとか)いうことはどうでもいいことである。
この世に生を受けたら、それをただただ真っ当すればいいのだ。
それこそが、生きることの意味であり、意義なのだ、という地点にまで至っている。
逆説的にいえば、この地点こそが芸術(作品、作家)の存在理由ではないだろうか。
人がいて芸術がある。
生を真っ当するための営為としての芸術がある。
その順番は飽くまで逆ではないのである。

山本夏彦は『無想庵物語』で辻潤と無想庵を「二人は共に野心がない欲がない、人を凌ごうとする気がない。これらはいわば「ダメの人」だと突然私には分かった」と書いている。
自身をも「ダメの人」と称するように自嘲気味な反語的表現だ。
しかし、芸術家が野心や欲をかけばそれはもはや芸術家ではない。
山本夏彦は常識人なのだろう。
しかし、こと無想庵にそんなものを求めるのは、そもそもお門違いだ。


ずいぶん前に買って積ん読だった無想庵訳の『サニン』、そろそろ読み始めようと思う。