まつ毛エクステをつけるということは途方もない体験をすることである。
まつ毛エクステとは、ミンクなどでできた贋のまつ毛のことである。
それらを一本、一本、ピンセットでつまんで生えている自まつ毛に糊でくっつけるのである。
ということは、目を閉じなければならない。
より正確に言うと、まつ毛を立ててつけやすくするために半目の半分の半分くらい開けた状態でいなければならない。
自分でその状態を続けるのは困難なので、閉じた目を施術者がメンディングテープで上に引っ張る。
引っ張ったメンディングテープをさらにメンディングテープで補強する。
下まつ毛は邪魔なので、これもメンディングテープでカバーする。
つまり目の周りがメンディングテープのミイラ状態である。
繊細な作業がなされるため、咳、くしゃみは御法度、身じろぎは許されない。
トイレで中座することももちろんできない。
施術者との距離が近いため、鼻呼吸をする。
この状態で二、三時間ひたすら横たわるのである。
合間に、テープの案配を直すために突如ほお骨に刺激があったり、まつ毛をピンピン触られたり、糊(グルー)を乾かすためにドライヤーを当てられたり、不快なイベントが絶えず起こる。
意識はどうしても目の周囲に集中するが、意識しすぎるとつらくなるため感覚を散らせる必要がある。
膝にかけられた毛布の下で手を動かす。
読んだ本のことを考える。
明日の予定を確認する。
昨日の会話を再現する。
そのうち、考えがシュールな方向へ漂い始める。
このとき実はすでに寝ている。
慌てて意識を戻す。
少し口が開いていたようなので、すぐに閉じる。
寝るも起きるも半目の半分の半分状態で行われる。
お腹が鳴りそうになるので、腹部に力を入れる。
足がずっと同じ姿勢のことに気づき、少し左右に動かす。
鼻がかゆいけど我慢する。
喉がいがらっぽいけど我慢する。
尿意があるような気もするけど我慢する。
施術者の右手がおでこに当たるけど我慢する。
BGMに耳を傾けてみる。
店にかかる電話の会話に集中してみる。
そのうち、考えがまたシュールになってくる。
慌てて意識を戻す。
手に汗をかいていることに気づく。
同じ姿勢なので腰が痛い。
なんだかお尻も暑い。
下げられた目の粘膜がスースーする。
あー早く終んないかなと思うけど、全然終らない。
ツイッター見たいなと思う。
メールの返事について考える。
そろそろダイエット再開しなきゃと思う。
そのうち、考えがまたシュールになってくる。
慌てて意識を戻す。
まつ毛エクステをつけるということは、視覚情報を遮断されることである。
視覚情報を遮断されると、人は自分と向き合う。
自分と向き合うと、人は眠くなる。
眠くなるとき、考えがシュールになる。
この寝入る瞬間に立ち会うことこそが、まつ毛エクステでできる途方もない体験である。