20150518

突然ですが、今日から毎日いわゆる「婚活詐欺事件」に関するエントリを投稿しようと思っています。
なぜこの事件なのか、なぜ今なのかはどうぞ下記の文章をお読みいただければと思います。
毎日投稿してたぶん一カ月くらいかかるかと思います(つまり30エントリくらい)。
長くなりますが、どうぞよろしくお願いします。




はじめに

フィクションのノンフィクション、『礼賛』

09年秋に発覚した「首都圏連続不審死事件」「婚活詐欺事件」といわれた一連の事件の被告人、木嶋佳苗の著書『礼讃』(2015年、KADOKAWA)を読んだ。
事件が報道されてから数年はひどく夢中になり、ちょうどその頃拙著(『明治 大正 昭和 不良少女伝』)を出したこともあってトークイベントで話したりもしていたが、時が経ってだいぶ熱が下がっていたところにこの爆弾。
いやあ、思い出しましたね、佳苗の異常性、特異性を。

礼讃』はいわばフィクションのノンフィクション。
どこかで見聞きしたセレブなエピソードに事実をほんの少しまぶしただけの虚偽に満ちた内容なのだが、異常なのはこの本が連続殺人事件の被告人の手記ということだ。
しかし、本では事件にほとんど触れず(または虚偽を書き)、いかに自分が文化的に豊かな家庭に生まれ、教養をはぐくみ、上京してからは豪遊してモテたかという自慢話に終始している。
細かい描写を積み重ね、立板に水のごとく汲めども尽きぬ泉のごとく綴ることでなんとなく読者をその気にさせるが、一歩引いて見てみると整合性はめちゃくちゃ、まるでアウトサイダーアートを見ているようなのだ。
でもこれには既視感がある。
当時ネットの住人たちに発掘されていった彼女のブログ群である。

最初は、たまたま事件を知った少数が話題にしている程度だったが、あれよあれよという間に佳苗がネットに残した所業の数々が暴れていった。
あのときはすごかった。
まさに「祭り」と呼ぶにふさわしいビッグウェーブだった。
だって考えてもみてほしい、マスコミに報道された連続殺人事件容疑者のブログが素人の検索で次々見つかってしまったわけで、しかもその内容たるやデヴィ夫人も真っ青なセレブ気取った嘘のメガ盛りだったわけで、さらには秘められた職業も多数わかったりしたわけで、あの衝撃、戦慄は前代未聞だった。
さらに匿名だからできる証言も続々投下されていき、こんな逸材が埋もれていたとは、とみんな度肝を抜かれたものだった。
ブログには『礼讃』と違って少し本音が交じっていたのがミソで(これは逮捕されて裁判にかけられているときに執筆した本と、娑婆で好き放題にやっていた頃に書いたブログとの違いとして当然である)、そこからは、彼女が絶対に認めることのない大小さまざまなコンプレックスが顔をのぞかせている。
それがなんだか彼女を少し人間的に見せてもいた。
彼女が見せたいセレブな自分は我々から見ればモンスターであり、彼女が隠したいコンプレックスは我々からみれば人間的で安心できる、とはなんと皮肉なことか。
しかしそんなアンビバレンツに、ネットの住人はますます目が離せなくなっていった。
そんな、熱すぎた2009年秋を振り返った今ならわかる、ブログをいろんな方向から読み解いたあの熱気、あの「祭り」こそがわたしにとっての木嶋佳苗であり木嶋佳苗現象だったのだ、と。

その後、事件の関連本がいくつか出たが当初はどれも読まなかった。
佳苗の謎を解き明かしたいという欲求はたぶん著者の方たちと同じだったが、彼女の生い立ちや近所の評判、裁判での振舞いといった現実よりも、ネットという仮想空間のなかの木嶋佳苗(または偽名吉川桜)の痕跡から尻尾を掴みたいという気持ちが強かったからだ(今は関連本を全部読んでいるので、感想は後に述べたい)。
そんな、いろんな意味で倒錯したモヤモヤが『礼讃』読了を機に一気に再燃したので、やはり当時の現象を含め一応のまとめをしなければ、という謎の使命感にかられてあらためて過去の祭りを掘り起こし、何回かに分けてここに書くことにした。
毎日更新予定なので、お時間のある方は読んでいただければ嬉しい。

なお、木嶋佳苗とその事件については、佐野眞一『別海から来た女―木嶋佳苗 悪魔祓いの百日裁判』(講談社)、北原みのり『毒婦。 木嶋佳苗100日裁判傍聴記』(朝日新聞出版)、高橋アキ『木嶋佳苗 危険な愛の奥義』(徳間書店)、『木嶋佳苗劇場~完全保存版! 練炭毒婦のSEX法廷大全』、神林広恵、高橋アキ『木嶋佳苗 法廷証言』(ともに宝島社)の5冊と関連書である上野千鶴子×信田さよ子×北原みのり『毒婦たち: 東電OLと木嶋佳苗のあいだ』(河出書房新社)が出ており、それぞれの角度から光が当てられ新事実も盛り込まれていて興味深い。また、岩井志麻子『婚活詐欺女』(宝島社文庫)も直接的なインスパイア小説として挙げておく。