20101115

読み物が一区切りついたところで、お知らせです。

川口市メディアセブンの「ブラウジングトークセッション」シリーズに登壇させていただきます。
以下、詳細です。

*********************************
書棚の間を歩きながら気になった本を手に取り、それがきっかけで自分の関心が広がる―「ブラウジングトークセッション」が目指すのは、そんな、知識や興味に対する新しい出会いの機会です。今、話題の著者や研究者をお迎えし、著作や日頃の活動についてお話しいただきます。

ブラウジングトークセッション
平山 亜佐子|「忘れられた挿話《エピソード》を求めて」

【開催日】2010年11月25日(木)19:00 - 21:00

【会 場】メディアセブン ワークスタジオB
     〒332-0015 埼玉県川口市川口1丁目1番地1号 キュポ・ラ7階
     川口市立映像・情報センター「メディアセブン」
     048-227-7622

【申 込】以下のいずれかの方法でお申込ください
     ◎来館(メディアセブンカウンターにて申込) 
     ◎メール event@mediaseven.jpまで必要項目
     (開催日・氏名・ふりがな・年齢・〒・住所・電話番号)を記入の上送信。
     ◎往復はがき 往信欄に上記必要事項を記入の上、
      メディアセブンまで締切日必着で郵送。

【締 切】11月20日
     *応募者多数の場合は抽選となりますので、ご了承ください。

トークイベントの情報はメディアセブンtwitterアカウントでもお知らせしています。
http://twitter.com/media7_staff
イベント当日はUstream でのインターネット中継も行います。
http://www.ustream.tv/channel/mediaseven

*********************************

去年から今年にかけてトークイベントはいくつかやってきましたが、今回は『20世紀 破天荒セレブ』『明治 大正 昭和 不良少女伝』の二作をからめつつ、挿話(エピソード)に対する偏愛を語ろうと思います。
『不良少女伝』に入りきらなかった不良団の挿話や、今わたしが気になってる古今の人物の挿話など、虚実入り交じった挿話の魅力に浸る二時間。
ぜひ、遊びにきてください。

20101114

 歓喜が一通り過ぎると、さしあたって悩みのなくなった者が持つ御しがたい欲求にとらわれ始めた、すなわち俺は彼女にどのくらい大事にされるのだろうか、という。
 少し前に話題になった風呂にも入らないタイプには見えなかったものの、異様なまでに大量の荷物は何日も家に帰らずファーストフード店で朝まで過ごす生活をしているのかもしれん。
 それともこの辺りのラブホテルにでも入って男に見守られながら仕事をさせられる羽目になるのか。
 逡巡している間に、女の子の歩行からくる規則正しい揺れで、俺は少しずつ下へ下へと移動していき、テープカッターの手前で風雪にさらされ糊の面がすっかりバカになっていたセロファンテープが俺の重みに負けてあっさり剥がれ、俺は(こう言ってよければ)生まれたままの姿で雑多な荷物のなかに突進していった。
 グッチの「ラッシュ2」とダウニーの香りが混ざった淡いピンクのTシャツらしき布に図らずもくるまれた格好で、俺は夢見る雲の上の春一番の蝶といったふうに見さかいもなく陶然となったのだが、埃と湿気にまみれたまさに汚辱とでもいうべき環境に二年もいたことを思えば、俺を責める者はいないだろう。
 そのうち、ふと揺れが止まると、バッグが地面に下ろされ、右に左にかきまわされ始めた。
 どうやら彼女が道の真ん中で探し物を始めたらしい。
「ったく、なにやってんだよ、さっきおまえに渡しただろ」
 男の叱責は日常茶飯なのか、それには答えずバッグのなかの物をひとつずつ引っ張りだしては道路に置いている。
 俺の上にあったポーチ、俺の隣りにあったハンドタオル、俺の足にひっかかっていた紙袋が次々と姿を消し、俺はピンクのTシャツごと持ち上げられ歩道脇に下ろされたが、そのはずみで側溝まで転がっていき、歩道と車道の段差に落ちて止まった。
 その瞬間、側溝の鉄製のふたにひっかかったスウィッチがオンになり、俺は止める暇もあらばこそ、人目も憚らず例の巧緻な動きをやらかし始めたわけだ。
 そのうち、女の子は目的のものを探し出して、立ち去って行ったらしい。
 らしい、というのは車道側に向いていて彼らを見ることができなかったからで、びゅんびゅん走り去るタイヤがはじく小石を眺めながら、自らの回転を利用して態勢を変え、なんとかスイッチを止める手だてを見つけようと満身の力をこめて苦闘していた。

 それから二時間強。
 さしたる妙案も奇手も浮かばないまま俺は通りの片隅でただただ電池がなくなるのを待っている。
 意識が——遠のくなか、あの店にあった左方向に四度ほど傾いて掛かっている白っちゃけたピンクの掛け時計が打ち消しても打ち消してもやたらと思い浮かんできて、どうやらもう長くないことを感じている。
 不思議と、今は静かな気持ちだ。
 これが無声映画なら、俺の頭の上にしゃれた文字で「禍福はあざなえる縄のごとし」とかなんとか人生訓が出るところかもしれん。
 それもいいだろう。
 もちろん——もちろん、誰かが俺を見つけてあの店に持って行ってくれさえすれば、また——電池を入れ替えてもらって今まで通りB-3と仲良くやっていけるわけだが——ああっと——誰かが俺を持ち上げた——ぞ——願わくば——我を丁重に扱わんことを———なんだか—手が皺だらけ——なんだが——だ——れ——で——す———か?——

20101111

 しばらくあちこち見て歩くと、二人はおもむろに俺のいるガラスケースの前に立った。
 俺は、なんとか扉の隙間から女の子の香水を嗅ごうと思い切り深呼吸をして震えていた。
「すいません、いいっすか」
 男がB-3に声をかけると、テレビから目を上げた奴さんはしばしぽかんとして自分が何者でどこにいるかということすらも判然としていないようだったが、ややあって事態を把握し、のっそりと立ち上がって男に先導されるままにガラス棚の前にやって来た。
「この白いやつなんすけど」
 男の指はまごうかたなく俺を差している。
 恥ずかしながら打ち明けて言うと、このとき俺は永きにわたって鶴首して待った場面を前に、体にくっついている栗を持ったリスが小刻みに震えるのをどうにも禁じ得なかったのだが、幸い、棚の足がやたらと華奢なせいで全体がぐらぐら揺れて目立たなかったようだ。
 B-3は重そうな錠前に触れることなく扉を開け、俺を手に取ると、何を思ったかだしぬけに後ろのスイッチを入れて男に手渡した。
 とたんに俺は、愚直なまでの誠実さでもって今こそ自らの性能を誇示する瞬間だと奮い立ち、全体を回転させながら、先端部分のみをぐるんぐるんとくねらせ、無慈悲なピッチャーが投げる目に見えない連続暴投球を器用に避ける敏腕バッターよろしく右に左にとファジーに動いてみせた。
 それを見た女の子は失笑し(気に入った証拠だ)、カップルは目で会話すると
「じゃあこれください」
 と、俺をB-3に返した(このときも俺はまだ間断なく精力的な動きを見せていたことを付言しておく)。
「これ(と、ここで咳払い。今日一日ほとんど誰とも口をきいていないとなると当然だ)これ箱ないんで、このままでもいいですか」
「いいです」
 このとき、B-3がほとんど口をきかないのはこころもち甲高い地声のせいではないか、という考えがちらっと浮かんだこと、そしてそれすらも永遠の別れを前にした今ではすこぶる離れがたいもののように思われ、熱に浮かされた結婚式の主役が未婚の友達に感極まってつぶやく「幸せになるから、あなたも幸せになってね」のような、一種の宗教的衝動に駆られたことを告白しておく。
 一行は、B-3を先頭に意気軒昂な小さな鼓笛隊よろしくレジに前進すると、買い物につきまとうあれやこれやのやりとりを始めた。
 そして、ウサギの絵のついた袋に俺を直接入れ、折った口をセロファンテープで止めると、袋はB-3から男へ、男から女の子へ渡り、彼女は照れも手伝ってかシワになるほど強くつかんで、家出人もかくやと思われるほどに荷物で膨らんだショップ・バッグのなかに逆さまに突っ込んだ。
俺は体が宙に浮くよう気持ちと身のちぢむような思いになぶられるがままになっていたが、三人の手を通過する小旅行を終えて納まるべきところに納まると、二年も友情をはぐくんできたB-3とのあっけないほどの別れに一抹の寂しさが襲って来るのを避けようがなかった。
 体に気をつけろよ、村山と末永く仲良くな、いい加減本物の防犯カメラにしろよ、店のテントもそろそろ換えどきだぞ、と父性愛とでも名付けるしかないような気持ちにさらされた。
 だが、次の瞬間には袋に入る直前に盗み見た彼女の後れ毛が思い出されて、知らず笑みがこぼれてくる。