20030817

美容院に行くと普段読まないようなOLさん向けのファッション誌(?)を読むことになるけれど、あのテの雑誌に拒否反応する理由がようやく像を結んだ。
それは、基本的にわたしは造語が鳥肌立つほど嫌い、ということのようだ。
「めちゃもてイベント服」「激マブ☆デニム」「モテ髪」「夏バテ肌髪」「最愛ニット」「通勤シンプル」など、以前は「モテ」に全力投球的なそのコンセプトが嫌いなんだと思っていたけれど、たまたま別な本で造語が出てきて「ぎゃー」と思ったので、それがダメなんだと思った。
でも、「まとめ髪」みたいなものは慣れなのか、ひっかからなくなったなあ、なんか悲しいなあ。

造語の嫌なポイントは、6つ。
1.「まとめ髪」→まとめた髪、「イベント服」→イベント向きな服、ときちんと書いても大した字数をとらないのに、横着だ。
2. 雑誌固有の言い回しを作ることによって読者と編集部との連帯感を煽ろうというのだろうが、発想が安易だ。
3. 略すためにいかに短い単語の中にインパクトを出すかが勝負になり「最愛」だの「めちゃ」だの大仰な言い回しの羅列になり、情報自体にうさんくささを感じる。
4. 言語センスが悪い。
5. 言葉を略すことによって主語がボケている。「モテ髪」はモテそうな髪型なのか、モテたい人がする髪型なのかよくわからないし、「最愛ニット」は読者が最愛しているのか、編集部が最愛しているのかわからない。

わからないのに使い続けることによって、既成事実化しようとしている。
これは瑣末な問題に見えるかも知れないが、雑誌の立ち位置を顕在化させないという非常に大きな問題だ。
海外の雑誌を引き合いに出すのは欧米中心主義のようでいやだけれど、そもそも雑誌の出自がそうなのだから仕方ない、少なくとも彼らの一部は編集部がお勧めするのか、読者が選んだのか(その場合はデータ開示)を明文化する編集をしている。
それが例えクライアントとの癒着や下手すりゃ完全なフィクションだったとしても、少なくとも読者と誠実な関係を結ぼうという意志は感じるではないか?
造語というのはもともと独り善がりなものなので、著者と読者がセンスを共有できないとマッハの勢いでひいてしまう。
だから個人が書いた本なら、合う合わないでいいのだが、雑誌の場合は相当リスキーだと思われる。
そのリスクを編集部が感じていない、またはわかっていても続けてしまう無神経さがたまらなくいやだ。
ま、そういったことのひとつの象徴という気がして造語は本でも雑誌でもあまり好きじゃない、という話。

※但し、新しい人種を取り上げるために敢えて造語を用いるのはこの限りではない。

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