「宇宙が丸いものか四角いものか知ってる者はまだ誰もありはしない。だから人間は嘘をついても大丈夫だ。博士だとか教授だとかいふ者はみんな嘘をついておまんまにありついてゐるのだね。ニュートンだのアインシュタインだのッて、引力だとか相対性原理だのッて、小むずかしい名前をくッつけて理窟をこねると、それでオカマおこしちゃふんだからね。何もアインシュタインを頼まなくッたッて、そんな事は朝飯前から分り切ってらァね。家賃がたまるとたちまち悶着が起きる。追立だとか執行だとかね、これ即ち相対性だからサ、絶対なら何も何年家賃溜めたってどこからも苦情がくるわけはないんだからね」
「日本にだってカーネギーが一人ぐらい出てきたっていいんだ。実はワシがなるつもりだったんだが(聴衆笑ふ)。イヤ、ほんとだ、ワシがある発明をしたんだね、するとワシには金がなくてそれをやる訳にゆかない。だから一緒にやる人間が出てきた。ところがどうだね、大当たり大成功だね。俺(ワシ)にはちっとばかり金をくれたきりで、その男はもう毎日自動車で、ツラッター、ツラッター(身振をする)と走らしてる。発明した当人はコンナ始末でサ。ウン、けどもワシは腹が大きいから、そんなこと屁とも思はないよ。自動車飛ばすのが嬉しい奴には、飛ばさしておくさ」
「ほんとだよ、乞食だッて三菱だッて変わりゃァしないんだよ。寝て、起きて、飯を食って、女を抱いて、酒を飲んで、何をするッたッて、それ以上のことができるわけのもんぢゃないからねェ」
(「乞食にゃァ女ァ抱けねえだろ」若い男がからかひの槍を入れる)
「冗談いっちゃァいけないよ。そんなことはナンでもない話だ。ただ俺(ワシ)はソンナことをしたいとは思はないだけの話だが、みんな乞食だって嬶もあれば、妾を持ってる者もあるよ。この浅草にだって、杖をひッぱたきながら浪花節を語って、何万両貯めてる親分もゐるんだからネ。君らは何でも社会的事象の表面ばかりしか見ないから駄目なんだよ、ウン……乞食ッたッてこれは立派な職業だよ」
「そんなに喜んぢゃいけない、笑ひ事ぢゃァない。みんなつまらない事なら喜んでいるから困るねえ。小説だの講談だのでも、樋口苦安だの、三日目於吉なンて、飴に黒砂糖をなすったやうな、ベトベトねつッこいのを嬉しがってるんだからねぇ。世の中の行進は、科学的に小細工を積み重ねてゆくんだから、みんな科学者にならなければ駄目だ。でなければ引ッ込んで瞑想家になるか、浅草の乞食になるかだよ」
(添田唖蝉坊、添田知道『浅草底流記』「哲学者の乞食」より)
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関係ないけど、一昨年ビジスタに書かせていただいた「人類が人にやさしい電化製品に支配される日」が読めます。
近々、もう一本もアップされる予定です。
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