20150712




木嶋佳苗とはなんだったのか

木嶋佳苗の起こしたいわゆる「首都圏連続不審死事件」はここ数年では珍しいほど長く注目された事件だ。
その注目ポイントを大きく分けると以下の4つではないだろうか。
①インターネット、婚活、独居老人といったキーワードがキャッチーだった。
→社会学者やコメンテーターがニュースバラエティーなどで語りやすかった。

②美人風、セレブ風の設定で騙していたのに実は肥満体型で不細工だった。
→勘違い女性は叩きやすかった。

③家庭的な女性を売りに男性の被害者を騙した。
→一部のフェミニズム的傾向のある女性たちにある種の痛快さを感じさせた。

④オマケ:裁判が始まるとお着替え、「名器発言」など話題性があった。

しかし、ここではっきりさせておきたいのは、わたしの関心はあくまで「あまりにもインターネットに足跡を残しすぎていた詐欺師」という点に尽きる。
どんな凶悪事件を起こした犯人でも、発覚するまでは友達や恋人に囲まれて遊んだり働いたりして普通に生活している。
そのことは頭ではわかっているつもりだったが、いざ目の前に本人のブログや関係者の証言が大量に出てくると、驚かされることばかりだった。
とくに詐欺が絡んでいる場合、どこまでが本気でどこからが演出なのか、被害者はどこに騙されたのかなど、興味は尽きない。
佳苗はブログを三つも四つもやっていてあらゆることを書き散らし、無駄に高い行動力でいろんなところに出没していたので検証材料に事欠かず、お陰で詐欺師の心理についていい勉強になった。


木嶋佳苗とはなんだったのか。
その問いを解くために、佳苗に関する「よくある質問」を考えてみよう。

・佳苗がこのような事件を起こすまでになったのは、親のせいなのか、環境のせいか、本人の資質か。
全ての要素が渾然一体となっていて、答えを出すのは手練の犯罪心理学者でも容易ではないだろう。
ただ佳苗誕生の必須要素として、家族に妙な選民意識を植え付けられていたこと、家にも地元にも居場所がなかったこと、身体が早熟で家から出るには男性を宛てにするしかなかったこと、徹さんとの出会い(詐欺師だったかどうかは別として)、インターネットを利用して出会いが増え、見栄をはる必要もでてきたこと、リサ爺という太客を掴むことに成功し都合よく亡くなったことなどが挙げられる。
そのどれかが欠けたら、ここまでの内容、ここまでの規模の犯罪は起きなかったのではないか。
結果論でしかないが、しかし悪い意味でミラクルが重なったとしか思えない。


・佳苗は病気か。
これも専門家にしかわからないが、本人が「アダルトチルドレン(機能不全家族で育った子供)」と「適応障害」と鬱を診断された過去を認めているため、精神的問題を抱えていたことは事実だろう。
「アダルトチルドレン」には「マスコット」「ケア・テイカー」「ヒーロー」「スケープ・ゴート」「ロスト・ワン」という5タイプがあるというが、佳苗にはどれも少しずつ当てはまる。
また、まぶたの痙攣や不眠症、帯状疱疹など強いストレスがかかっていたことを示唆する症状が出ていたことも忘れ難い。
ちなみに住人の勝手な推測のなかで出てきた病名は「自己愛性人格障害」「サイコパス(反社会的人格)」「甲状腺機能亢進症」「大脳皮質の器質的障害」「思春期早発症」「報酬欠乏症(RDS)」などなど。
裏付けはないが、病名で検索すればそれぞれ佳苗に当てはまるように思える部分がある。


・佳苗は本当に自分のことをセレブで美人だと思っていたか。
ここがわたしの最大の興味のポイントだった。
もし現実がまったく見えていない人であるなら、常識で何か言ったところで何の意味もないからだ。
しかし結論からいえば、佳苗は自分がかわいくなくて太っていることを十分自覚していたことがわかる。
太っていることに関しては、そういう女性が好きな男性と付き合っていたこともあってそこまで悩んでいたようには見えない(とはいえ、女性からは冷たい目で見られていることはわかっていて、それも女性が嫌いな一要因だったとみる)。
しかしかわいくないことに関しては相当なコンプレックスだったようで(『礼賛』のなかの「花菜ちゃんは絶世の美女に生まれつく以上にラッキーな能力を持って生まれてきたんだ」といった表現に顕著だ)誰かに(母か祖母?)何か言われたというような具体的なエピソードがあったに違いない。


・佳苗は男をバカにしていたか。
ここを大きく見誤る人が多いのだが、佳苗は男性をバカにはしていなかったと考える。
保守的な佳苗にとって世界は男性と女性の二種類しかなく、女性が嫌いである以上男性に頼るしかない。
佳苗を好みだと言ってくれる男性と、お互い耳障りのいい言葉を言い合って共依存している関係がもっとも安心できるのだろう。
そのために自分の意見を抑えて相手を立て、どんな話にも同調する。
住人の証言にあった、太った愛人稼業の女性たちの常套手段というのも印象深かった。
太った女性が好きな男性は女性に包容力を求めるいわゆるマザコンで、社会的地位も比較的高いということはよく言われている。
佳苗の理想はイケメン(あくまで佳苗基準)で金持ちで包容力のある男性だが、すべての条件を備えた人は残念ながら現れなかったため、イケメンであれば狭量で貢がなければならないSさんにすら依存した。
佳苗がもし男性をバカにしているように見えるとすれば、それは他人すべてをバカにしているからである。
佳苗の世界で頭のいい順番は、佳苗>(詐欺師)>男性>家族>女性である。


・佳苗は本当に結婚したかったのか。
欲求不満日記では、結婚したい、王子様の登場を待つとしつこく書いていたが(そして既婚の次女にも嫉妬していたが)本音は結婚したくないのだとわたしは思っていた。男性をとっかえひっかえ、金を引き出す愛人生活をしながら結婚したいといわれても誰も本気にしないだろう。しかし、今春に獄中結婚してからの落ち着きをみると、本当に結婚したかったようだ。とはいえわがまま放題で真っ当なストレス解消法もあまり知らない佳苗であるから、普通の結婚生活は続かないとみる。塀の外と中という今のスタイルが実は理想的かもしれない。


・佳苗の最終目的は何か。
これは塀の外時代と中時代で変わってくる。
外時代の最終目的はよくわからない。
東京に来たころはそれこそ金持ちのおじさまを捕まえて結婚したかったのかもしれないが、末期にはだいぶヤケクソになっていたし、うまいものをたらふく食ってバーキンやベンツで武装してマウンティングが成功していれば良かったのかもしれない。
料理教室も学校(「女子栄養大学」「ル・コルドン・ブルー」)もあくまで武装のひとつ、本気で何かを実現したかったわけではないだろう。
問題は中にいる今だ。
佳苗は拘置所にいる間に自分が相当話題になっていることを知り、自己愛が爆発して主役になる快感を覚えてしまった。
さらに「冤罪で死刑囚になりつつある女性」という世間体(冤罪だと思う人はごく少数だと思うが)と、被害者的立場を得た。
そこで「非人道的な扱いを世に問う」という名目で、ブログだの本の出版だのニコニコ動画配信だのライターを訴えるだのと話題性を保つことに腐心した。
とはいえ、もう具体的に見栄をはる相手は目の前にいないので、好きなだけ太り、好きなだけ妄想を書き散らし、お気楽極楽な生活を手に入れた。
取り調べがきつくて心が折れかけたし、裁判でも矛盾を突かれて発熱し、手記ではつい「心奥の暗闇に潜り、自分の悪の根源、歪んだ価値観、狂気を孕んだ不健全な魂を直視した」などと本音も出たが、のど元過ぎれば熱さ忘れるで、死刑なら死刑でいいや、どうせ女性の死刑囚は無期みたいなもんだし♪(これに近いことを『礼賛』に書いている)ってな感覚だ。
失うものが何もない状態になった佳苗は恐ろしい。
と思っていたら突如獄中結婚を発表、かなり精神的に落ち着いた。
獄中結婚がとてもいい手なのはご存知だろうか。
まず、家族がいる死刑囚は刑の執行が遅いと俗に言われている。
また、最高裁で死刑が確定すればその後の面会は家族のみになるため、元支援者の夫がいれば他の支援者とも繋がりを保つことができ、まだまだ外への活動が可能になる。
ともあれ、今は結婚で落ち着いているが、慣れてくればまたぞろ話題性を狙ってくるに違いない。
名誉棄損の訴訟はやると思う。
支援者に止められて一旦は諦めたが、チームもぐだぐだになったようだし世間の耳目を集めるには有効な手段だ。
不審死事件では敗訴だが名誉棄損では勝訴、という流れは負けず嫌いの佳苗の好きそうなことだ。
また、事件に関する小説(本)は必ず出すだろう。
本のなかでは被害者全員が都合よく勝手に自殺するかもしれないが、容姿や人格など好きなだけ冒瀆するに違いない。
そのときはぜひ名誉棄損で訴えられてほしいものである。
死刑の暁にはウエディングドレスを着るかもしれない。
それくらいのことはやりかねない。
とにかく一般常識の斜め上の言動が多い佳苗である。
何をしようがこちらは無視を決め込むしかないが……それもなかなか難しい。


最後に。
佳苗は今も拘置所から「木嶋佳苗の拘置所日記」というブログで世間に存在感を見せつけている。
相変わらず好き勝手書いてはいるが、世間の目というリミッターが外れているためかなり幼稚で馬鹿馬鹿しい内容だ。
エントリで触れようかと思ったが、今回はあえて書かない。
第一のフェーズ(婚活セレブ時代)が「カインド掲示板」「ぽっちゃりソープ嬢さくらのブログ」「桜の欲求不満日記」「かなえキッチン」だとすると、第二のフェーズ(男性モテモテの過去暴露時代)が「一万二千字手記」と『礼賛』であり、今や第三のフェーズ(ヤケクソ死刑囚時代)に入っている。
片目で注視していきたい。

長々とおつきあいありがとうございました。
明日は附録として関連書について書いて終わりにします。