20150713




【附録】事件関連本

最後に、「首都圏連続不審死事件」に関する本のレビューを出版順に載せておく。
また、佳苗が本について言及した文章も併せて載せた。


題:『別海から来た女 木嶋佳苗 悪魔祓いの百日裁判』
著者:佐野眞一
出版社:講談社
帯:「これは、私の書いた『東電OL殺人事件』を超える事件だ」--著者
佐野眞一氏といえばノンフィクションの名手、『東電OL殺人事件』は代表作のひとつである。
それを超えると著者が言うのだからかなり期待したのだが……率直に言って、佐野氏の手法とこの事件は相性が悪かったと思う。
佐野氏はあくまでフィールドワークに重きを置き、この事件を「ネット犯罪の文脈で語ろうとは思わない」とする。
得意不得意もあるだろうし、さらに踏み込めば北原みのり氏がツイッターなどで佳苗について呟き、マスコミに露出していたことへの牽制もあるだろう。
とはいえ「(ネット文脈で語ることからは)切れば血が出る人間の物語は生まれない」というのは少し決めつけにすぎる気もする。
ただ、この本が他の関連本と一線を画すのは本家の祖父が生きている間にインタビューできいている点だ。
亡くなる四ヶ月前に滑り込みで成功、佳苗について「あれには悪いクセがあって苦労しましたからねえ」「人のものを盗むとか」「預金通帳です」「小学校時代です」という証言を得ていることはかなり貴重だろう。
また家族の名前がみな本名なのも特徴的だ。
全体的に、佐野氏は佳苗を「怪物」として片付け、距離を置こうとしている感がある。
おじさまばかりを手玉に取った佳苗の能力に恐れをなした、とみるのは穿ちすぎで、たぶんあまり事件に興味がなかったのではないかと思われる。
傍聴席で大きな声でのあくび、居眠りもけっこう目撃されていたようだ。
《佳苗評》「私は、講談社が発行しているノンフィクション誌「g2」を1度も読んだことがないのだけれど、私の裁判を全回傍聴し、「g2」でルポルタージュを書いた還暦過ぎの男性作家がいると12年の春に知った。どんな記事だろうと気になっていたら、5月に突然、講談社から単行本が届いた。表紙には、私の顔写真が使われていた。私の許可なく。勝手に。謹呈の札が挟んであるだけで、送付書や手紙の1枚もなく、本を送りつけてきた編集者の神経を疑いましたよ。一応読みました。(略)著者は、娘を育てたことのない男性だろうな、と思った。男性って、娘を持つことで人格の変容が起こるけれど、この著者には、女子の心に寄り添う精神的な土壌がないように感じられた。彼は、過剰な人の心の闇や血脈だのに拘泥し過ぎるあまり、大切なことを見失っている。取材対象をいかに口汚く罵ることができるかに全精力を注ぐ下品な芸風は、私の好みではない。それはともかく、この本で彼が、私について「おそらく」「だろうか」「思われる」「ではないか」「していたのだろう」「だろうと思った」と推測して書いた文章の全てが事実と異なっていることだけは、断言しておきます。(略)私は、佐野さんには感謝しています。ジャーナリストとして活躍する取材記者を何人も使って、著名なノンフィクション作家が、私についてあの程度の本しか書けなかったことは、自叙伝を執筆する時の励みになりました。取材記者が上げたデータを、自分が現地で見聞きしたことのように書く手法にも関心しました。彼の手にかかると、事実とは関係なく誰もがモンスターになり、面白い物語が完成するのも、作家としての力量でしょう。しかし、ノンフィクションで、それはいけない。彼は、12年に橋下徹大阪市長の人物論を書き、血脈思想、差別主義、人権問題で批判を浴び、その直後に、長年にわたって他人の著作からの盗用をしてきた剽窃問題のダブルパンチで休筆に追い込まれ、生ける屍となった。彼がまともな神経の持ち主であれば、体調を崩したであろうし、眠れぬ夜もあったと思う。晩節を汚した猪瀬直樹さんと同世代、同類の彼は、今後どうなるのでしょうね。彼は、私の裁判を傍聴して、裁判長の左側に座っていた20代の女性裁判官を「右陪席」と書いていました。もう少し勉強しないと。律令制の大臣のように左右があると、左の方が偉いと思っているのかしら。向かって右にいるものを左と呼ぶのは、神社の随神門に配してある武官の像の名称を考えたらわかるでしょう。向かって右の方を左大神と呼ぶ。中学生でも知ってるわよ。彼の目に映る私は、法廷でいつも薄化粧をし、つけまつげをつけ、アイラインまで引き、唇にはリップグロスを塗っていたという。佐野さんは心臓が悪いそうですが、ノンフィクション作家として復帰するのなら、まず眼科に行った方が良いのでは?知識や洞察力以前に、視力に問題があるんじゃないのかと思うなあ」(「ノンフィクション作家」2014年01月19日・木嶋佳苗の拘置所日記)



題:『毒婦。 木嶋佳苗100日裁判傍聴記』
著者:北原みのり
出版社:朝日新聞出版
帯:"ブス"をあざける男たち 佳苗は、そんな男たちを嘲笑うように利用した
ツイッターでこの事件について呟くうちに出版社から声をかけられ裁判を傍聴して連載記事を書くことになり、それをまとめたという異色の経緯がある本書。
北原氏の佳苗に関するコメントはさまざな媒体で引用され、北原氏自身もマスコミに引っ張りだこになった。
その視点は独特で「色が白く、胸元キレイにあいたピンクのツインニットが似合ってた。午後は明らかに髪の位置が上がっていて、休憩時間にカールしてるとしか思えないほど、クリンクリンしてた。堂々とし媚びがなく仕草が優雅。魅力的だと、私は思った」「“鈴を転がすような声”とは、こういう声を言うのかもしれない」と書く。
そのせいか、佳苗に憧れる女性「佳苗ガールズ(カナエギャルズ)」がたくさん存在するかのような報道がなされた。
さすがの北原氏も週刊文春の記事「傍聴席はブスファンクラブ状態」は捏造だとため息をつくほど報道は過熱、その台風の目に近い位置に北原氏がいたといえる。
北原氏の問題意識のひとつは、日本社会に於ける男女の非対称である。
婚活サイトに登録する男性たちを見ても、考え方が単純で、己を省みず女性に夢ばかり求めているとやんわり示唆する。
また、男性検事や裁判官の強引で偏った論調にも疑問が呈される(判決が検察の求刑丸飲みだったことに関しては佐野氏も指摘)。
その辺りに好みが分かれそうだが、しかし佳苗のちぐはぐさは母とそっくりとか、セレブ設定は「そうであったかもしれないもう一つの私の人生」だったのでは、といった鋭い洞察や分析が多々あり、個人的にはもっとも面白い本だった。
興味深いことに、佳苗はこの本と著者を敵視しており、「拘置所日記」では訴えるとまで言っている。
《佳苗評》「小説を書き終えてからは、私に関して事実ではないことを吹聴し続けている、アダルトグッツショップを経営する女性ライターに対し、民事訴訟を起こす準備に明け暮れておりました。私や家族の名誉の為に、正誤をただしておかなければいけないことが、数多くあるからです。この証拠収集がいかに大変であったか、盤石の備えが出来たその顚末は、いつかここで記したい」(「私がブログを始めた理由」2013年12月24日・木嶋佳苗の拘置所日記)
「『女性自身』より1年早い57年創刊の女性週刊誌の1月21日号。見出しに何と私の名前が!「木嶋佳苗涙」どう考えても、私が涙を流した話だと思うでしょ。(略)びっくり。私の涙じゃなかった。見出しと記事の内容が違う、女性週刊誌お得意のパターン。私の一審判決を聞いて、法廷で涙を流していた知人女性の話だった。しかも、その話をしているのは、例の「毒婦」ライター。彼女が私に関して語ることの7割は、事実じゃありません。3割は事実かって?それは、NHKのニュースで報道されるレベルのこと。彼女の取材能力は限りなくゼロに近いので、ルポルタージュを書けるライターじゃないですよ。(略)毒婦ライターは、フラれた恋人に付きまとうストーカーみたい。片思いの恋愛が成就しなかった人、と言った方が正しいかな。私を気に掛けて下さる人たちは、彼女の言動を注視するのですが、心配ご無用。私は、あんな木っ端ライター相手にしないから」(「心がほっこりするイイ話」2014年01月17日・木嶋佳苗の拘置所日記)
「週刊誌で女性ライターが私の裁判傍聴記を書いているという噂は耳に入っていた。アポイントメントを取らず、週刊朝日編集部の女性2名と毒婦ライターが突然面会の申し込みをしてきたのは3月の終わりだった。埼玉の職員たちから、絶対会わない方がいい、あることないこと吹聴しているタチが悪いマスコミだと言われていたし、弁護人経由で聞く傍聴記の内容もいい加減なものだったから即答で断わった。(略)裁判員裁判中、毎週こんなデタラメな記事を連載されていたのか、と呆気に取られました。私の故郷を取材してきた内容の半分は、事実誤認というより嘘だった。その後、今に至るまで週刊朝日編集部からは一切連絡がない。連載を単行本として出版した際の献本もない。しかし、控訴審も傍聴しているってどういうことなんでしょうね。当事者取材をしない虚像作りが好きなただの礼儀知らず?」(「拘置所なう。」2014年02月28日・木嶋佳苗の拘置所日記)

※この書き振りから、北原氏が女性で、佳苗に好意的な書き方をしたことが逆鱗に触れたように見える。女性の同調などいらない、という佳苗の強い意志が窺える。

※さらに興味深かったのは佳苗はブログに「人や物や思想を取捨選択していくなかで、自分が何を好きかが分かり、私はやはり「木嶋佳苗」であると気づかされ、ちょっとショック!」「ポートネックでドロップショルダーのとびきり肌触りが良いふっくら起毛感のあるクリーム色のニットを着る幸せを与えてくれる彼に感謝しながら、拘置所の冬は寒くても、心身が暖かいのは物欲が満たされているから、という現実を堂々と書く。私は木嶋佳苗だから!」(「自叙伝「礼讃」が出版されたそうです」2015年02月27日・木嶋佳苗の拘置所日記)と書いているが、これは北原氏の「たとえ人生がかかっている裁判であっても、自分を変えることは容易くない。佳苗は佳苗らしく、被告人席に座っているのだ。それは“ふてぶてしい”なんて言葉じゃ表現できないほどの、怖いくらいの“佳苗らしさ”だった」(『毒婦。』)を無意識のうちにパクっていると思われる。読み込みすぎだよ、佳苗。



題:『木嶋佳苗 危険な愛の奥義』
著者:霞っ子クラブ元リーダー 高橋ユキ
出版社:宝島社
帯:なぜ女も木嶋佳苗に魅入られてしまうのか。
裁判傍聴活動を行う霞っ子クラブの元リーダーという著者は、速記で傍聴メモをとるためかやり取りがかなり詳しく記されていて記録として価値がある。
全公判の1/3ほどしか載っていないのが少し残念だが、マスコミが大量の並び屋を雇った結果、傍聴の倍率が跳ね上がってなかなか見られなかったようだ。
話題の裁判では必ず起こるアンビバレンツである。
傍聴記の合間に挟まるコラム的な読み物は、佳苗のブリーダー時代を知る女性の証言(部屋にぬいぐるみがあり、カーテンの趣味も悪く田舎から出てきた地味な子という印象だったという)や、佳苗の犯行が単独且つ冷静である点を指摘するなど読み応えがある。



題:『死刑判決が出た! 木嶋佳苗劇場 完全保存版 “練炭毒婦”のSEX法廷大全』
著者:神林広恵+高橋ユキ
出版社:宝島社
帯:“優れた女性機能”で月150万円! 総額1億円超え!! 男たちはなぜそこまで貢いだのか?
『木嶋佳苗 危険な性の奥義』の著者高橋ユキ氏と元『噂の真相』デスクのライター神林広恵氏編著のムック本である。
週刊誌的な作りで、「一挙8万字公開!」という法廷証言のほか、中村うさぎ、岩井志麻子、倉田真由美の三作家の「カナエの深層心理を読む」や、「木嶋ブログの研究」など盛りだくさんな内容だ。
事件の人物相関図や年表など見やすくて便利で、ブログを書くに当たって参考にした。
しかし個人的に気になったのはなんといっても「座談会『キジカナのここが凄い!』追っかけ! カナエギャル大集合」である。
「佳苗ガールズ(カナエギャルズ)」についてはその実在が危ぶまれており、傍聴に行った住人も「さっき、とある雑誌の記者に取材されたんですけど、その時にカナエガールズ?のことをどう思うか聞かれました。マスコミは力士をモテない女の救世主にでも仕立てたいようで、そのようなことばかり聞かれました」「カナエギャルは企画が先で、文春の女性ライターが『上祐ギャルや市橋ギャルみたいなの探している』って言ってたよw そんな人見たことありませんって答えたけれどね〜」などと苦々しく語っていた。しかし、キャッキャと騒ぐ傍聴希望者もいたようで「こういう場違いな女が並んでいる事でカナエガールズとか、カナエギャルとか言われてるんだろうなーとも思いました」とも書き込んでいた。
本書の座談会を見てみると、6人の女性が登場、口々に「デブでドブスが1億円以上ものお金を取ったということに驚いたんです」「実物はどんなんだろうと。見世物小屋感覚ですね」「(佳苗に惹かれる理由は)自分の中にカナエ的な要素を持っているから?」「どうやったらそんなことができるのか、ちょっと参考にしてみたい、みたいな(笑)」「どこか憎めない女でもあったので、せめて無期懲役くらいであったら……とは思います」と、個人的にはまったく共感できない言葉が並んでいた。
でもこう感じた人たちもいたのだろう。
もしかしたら大多数の意見なのかもしれない。
どんな理由にせよ佳苗に興味を持ったら「佳苗ガールズ」なんだと言われればわたしもそうなのかもしれないが……。
《佳苗評》本書についての直接的な言及はないが「佳苗ガールズ」については「日本で一番売れてる週刊誌に、私の追っかけという『カナエギャル』が『法廷は彼女の舞台。自分の口で無罪を主張するはず。だから傍聴券のために絶対並びます!』と断言している記事が載ったこと。私の事件をモチーフにしたテレビドラマや映画製作の話があること。それらのことに辟易して、私は法廷で口を閉ざすことに決めたのだ」(「2審の被告人質問について」2014年01月31日・木嶋佳苗の拘置所日記)などと書いている。マスコミは嘘ばっかりというくせに、自分のファンの実在についてはなぜか信じている矛盾がいかにも佳苗らしい。結局この人は耳障りのいい言葉しか聞かないのだ。



題:『木嶋佳苗法廷証言』
著者:神林広恵+高橋ユキ
出版社:宝島社(宝島SUGOI文庫)
帯:首都圏連続不審死事件、永遠のミステリー。貢がせた金額は1億以上。男たちはなぜこんな女に?
『木嶋佳苗劇場 完全保存版 “練炭毒婦”のSEX法廷大全』の文庫化だが、女性作家の寄稿や座談会は再録されておらず、傍聴記にしぼった内容になっている。
それにしても『木嶋佳苗劇場』も本書も帯の文言に「1億円」という言葉が入っているのが面白い。
執筆者は女性たちなのに「男たちはなぜこんな女に貢いだのか」という男性目線なのも宝島社っぽい。
《佳苗評》「1審後に出版された多くの関連本のこと。刑事裁判の傍聴が趣味の素人ライターが雑に速記したインチキ本が「木嶋佳苗法廷証言」として文庫になったこと」(「2審の被告人質問について」2014年01月31日・木嶋佳苗の拘置所日記)



題:『毒婦たち 東電OLと木嶋佳苗のあいだ』
著者:上野千鶴子×信田さよ子×北原みのり
出版社:河出書房新社
帯:女たちが語る〈女の殺人事件〉「殿方へ。毒婦も聖女も紙一重。触れてみないと分かりませんよ。壇蜜」
北原みのり『毒婦。』出版をきっかけに開催された座談会をもとにした本書だが、アマゾンのレビューは絶賛の嵐であるものの、個人的には違和感をぬぐえなかった。
確かに「東電OL」も佳苗も売春をしていたし、機能不全家族に育ち、援交世代だったかもしれないが、それらの共通項はすぐに「家族に参加しない男」「女性を値踏みする男へのリベンジ」「日本女性の生きづらさ」というフェミニストお馴染の物語に回収されてしまう。
佳苗は本人も書いている通り、フェミニズムは大嫌いで男性への恨みはない。
佳苗は男性のみを殺したが、それは女が嫌いで(怖くてといってもいい)近寄らなかったこと、男性に対しても、返金しろとか訴訟を起こすと言われて反論できず、黙らせただけである。
男性への復讐というのは、どうも当たらないように思う。
しかし、いろんな見方を提示するのがこの事件なのかもしれない。


【インスパイア小説】


題:『婚活詐欺女』
著者:岩井志麻子
出版社:宝島社
帯:男たちは、なぜ、太ったオバサンの虜になったのか!? 稀代の詐欺女の超絶男たらしテク!−婚活サイトで知り合ってから練炭カーに乗せるまでー
帯を読むと、佳苗の事件まんまなのだが、主人公はリサという虚言癖の女である。
佳苗の事件を書いている作家に近づき、マネージャーになろうとするが嘘ばかりで作家は振り回される。
どうも実際にこれに近いかたちで岩井氏に近づいた女性がいたらしく、さまざまな小説でネタにしているらしい。
佳苗の事件は狂言回しのような役割だった。


その他、


真梨幸子『五人のジュンコ』(徳間書店)



百田尚樹『モンスター』(幻冬舎

などがあるようだが、未読である。
逆に、佳苗がインスパイアされたと言われているのは、


林真理子『花探し』(新潮社)
(主人公は二十歳そこそこから贅沢三昧な愛人生活、趣味でコルドン通い、付き合いには対価があって当然という思想、名器持ち)

ドラマ「やまとなでしこ」
(王子樣を探して周囲を振り回す物語。Sさんが松嶋菜々子のファン)

ドラマ「HERO」第三話「恋という名の犯罪」
(料理教室を経営する女結婚詐欺師をキムタク検事が追いつめるも不起訴になるというもので、男性十数人から一人百数十万を騙し取ったが証拠が無く起訴できず、キムタクは女結婚詐欺師に負けたと認めたという内容である。「桜の欲求不満日記」2006年7月4日にその名も「hero」というエントリがあり、ドラマを視聴したことを書いている)

といわれている。
機会があったら見てみたいと思っている。