20101103

 新入りが来た。
 いやはや、こいつはまたちょっとした見物だねえ。
 上野公園辺りでよく見かける簡易家屋の素材と比べても少しの遜色もないほどパリパリした薄い革製ライダースジャケットに、ブラックジーンズをまとって、というよりもむしろ細い足に巻き付けて、と言った方が正確かもしれん、甲から足首にかけてユニオンジャックが描かれた底の厚さがゆうに10cmはあるロンドンブーツを履いて、肩からギターとおぼしきものを背負っている。
 黒々とした髪を背中の真ん中まで伸ばし、前髪をぱっつりと眉の上でそろえているさまは、さながらトロイの兵士の兜のようと言いたいところだが、せいぜいが木目込み人形どまりなのは、こけしも一本足で逃げて行きそうな細い目のせいか。
 髪ほど大切なものはこの世にないと思っているのだろう、その重みを楽しむようにやたらとゆらしながら歩くのだが(きっと地獄の血の池の周りを歩くときでも髪をゆすっているんだろう、ごくろうなこった)、ともすると棚から商品をたたき落としそうだ。
 ああいう奴らの困ったところは、人から自分がどう見えるかをやたらと気にするくせに、肝心のところが抜けている点で、つまりバンド練習の帰りにいかにもそれとわかる格好で大人のオモチャ屋に来る自らの滑稽さに気がついていないわけだが、まあ、たぶん血液の大部分が髪の育成に使われているんだろう、その点で同情はできる。
 無造作な態度を装いながら、辺りを睥睨しつつ歩き始めたが、その度に聞こえるブーツのポックンポックンという間抜けな音は、B-3をしてテレビ画面から目を離して音のありかを探ろうとさせるに足るほどだった。
 そのとき、ふとポックンポックン音が止まった。
 見ると、女性の感度を高めるとのふれこみのメントール配合のクリームを手にとってラベルの説明に読みふけっている。
 まるでそこに、ヘビー・メタルの神様、さしずめオジー・オズボーンのありがたいご託宣(「オジーおじさんのメタルミニミニ☆memo:生きたコウモリの首をかじると、唾液から狂犬病に感染する恐れがある。万一口にした場合は予防注射を受けるのが鉄則だ」)がシリアルの箱の裏側さながらに書いてあるのかと思うほど、しきりにこねくりまわしていたが、そのまま手をポケットに入れ、手だけ出してまたぶらぶらと歩き始めた。
やれやれ、髪をいやったらしく振り回すだけにあきたらず、そのうえ万引きとは恐れ入る。
 奴さんは何食わぬ顔でガラス棚の俺の前を通り過ぎて通路を折り返し、雑誌コーナーで止まると、客と客の間からいきなりにゅっと手を伸ばしてアニメ絵のエロ本を手に取った。
 さすがにA4変型サイズはポケットに入らんだろう、と思ったが、これはパラパラとめくる程度で棚に戻す。
 そして、突然自分に見とれている者の存在を確信したのか(もしくは髪を含めた全身が映る鏡でもあると思ったのかわからんが)、ゆっくりと視線を辺りに漂わせると、そのまま堂々とした足取りで入り口に向かい、歌番組を口を開けて観ているB-3の横を通って出ていった。
 テレビに上戸彩が出ていたのがもっけの幸いだったらしい。
 ちなみに、この店の天井には防犯カメラが取り付けてあるが、五歳の子供でも本物だと思わないようなあからさまに安物のプラスティック製ハリボテで、量販店でB-3本人が買ってきたものだ。 
 版権に抵触しないよう、ステッカーには「SOMY」と書かれているのがせめてもの良心の証、といった代物だが、奴さんの安心になっているのなら、それはそれでいいのかもしれん。
 例え本物のカメラをつけたとてB-3が録画テープを見るわけもなく、そもそも店に飾ってあるだけでいつのまにやら減価償却されているような商品ばかりなんだから。
 それにしてもさっきのクリームはあれで六千八百円もするんだのに、儲かるどころか開けるだけで損する店なんかほかに知らん。
 我が友ながら、あきれるよ、正味の話。
 
 おっと、今店の前を横切った小豆色は『朝日堂』の名物徘徊じいさんか。
 間違いないだろう、あんな色、じいさんのジャージを抜かせばおいそれとは見かけない。
 奴さんがディズニー映画に出てくる小鳥みたいな奔放さでそよ風に誘われたぐらいにして出かけるたびに、お嫁さんが方々を探し歩いたもんだが、当人不在の家族会議の結果、お守りと称してGPS発信器「うちのおじいちゃん知りませんか」を身につけるようになった今では、表向き自由を取り戻している。
 じいさんの趣味は、散歩の途中で突拍子もない節回しの鉄道唱歌を放歌したり、他家の庭の樹になっている実をもいでその場で食したりと多岐にわたっているが、道に落ちているものはカササギみたいになんでも拾って溜め込むのもそのひとつだ。
 あるとき、この店から出ていった男がズボンのポケットから落としたレシートを、地面に触れる前に素早くキャッチして立ち去った瞬間をたまたま目撃したことがあるが、その身のこなしときたら黒潮を回遊する産卵前のサンマもかくやと思われるほど。
 それ以来俺は、じいさんはボケてるフリをしているだけではないかと密かににらんでいるが、だとしたら目的が何なのかは常人には到底計りかねる。

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